適応障害の例 死別の悲しみ

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死別の悲しみというのは生きていれば私たち誰もがいつかは経験するものです。その悲しみはとても大きいものですが、それが引き金となって適応障害を発症する場合があるようです。

特に愛する人の突然の死はショックが大きく、適応障害になりやすいと言われています。病気などで死期がだんだんと迫り、本人も家族も十分な心の準備ができるかどうかが、病気の発症に大きく関わってきます。

夫をなくした伊藤さんの場合

伊藤さんは今年で68歳。夫も退職してもう数年になります。老後の生活を二人でのんびりと送りつつあったその矢先、夫が突然の脳梗塞で帰らぬ人になってしまったのです。

若い頃からずっと自分を大切にしてくれるかけがえのない夫でした。悲しみにくれる中、子どもたちの協力あって、なんとか葬儀は終えることができました。

しかし、夫を亡くした喪失感は半端なものではなく、ほとんど何も手につきません。子たちが心配して電話をくれたり、訪ねてきたりします。孫たちの相手をしている間は気も紛れます。

しかし、みんな帰ってしまい、一人になると、悲しくて仕方ありません。夜もろくに眠れず、おいおいと涙する日々が続きます。

食欲も減退し、食べたいものもなく、好きだったものにも興味がわきません。こんなことだったらいっそうのこと死んでしまって、早く夫のところに行きたいとさえ思うようになります。

数ヶ月たってもずっと落ち込んでいる母親を心配した娘がある本をくれました。さまざまな理由で配偶者を亡くした人々のつづった手記を集めた本でした。

読んでいるうちに、自分と同じような思いをしている人がたくさんいることに気づきました。一定の期間は強い喪失感を抱き、嘆き悲しむのが当然なことなのだと知ると少し安心しました。

生きる気力がなくなったり、眠れなくなったり、何もする気が起きなくなることも十分あり得ることだということを知りました。

自分の身に起きたことは多くの人も経験していることであり、たくさんの人たちが悲しみの時期を経験して、その後の生活になんとか順応できているということも知りました。

そのように考えてゆくにつれ、少しだけ元気が出たように感じました。亡くなった夫が望んでいたのは、残された妻が残りの人生をできるだけ幸せに暮らすことなのではないかということにふと気づきます。

夫のもとにいける日までしばらくのお別れですが、伊藤さんは亡くなった夫のためにも、「残りの人生を無駄にはすまい」と思えました。

現実はもっと厳しい

夫を亡くした伊藤さんにとって、死別の苦しみが大きなストレスになり、適応障害の引き金となりました。

幸いにもきっかけがあってなんとか立ち直ることができましたが、多くの場合、こううまくはいかない現実があります。

伊藤さんの場合は、亡くなったのが愛する夫でしたが、その対象は家族、親族、恋人、友人、ペットなど人によりさまざまです。