発達障害の偉人たち2

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発達障害と言われた偉人たちの中には画家のパブロ・ピカソがいます。ピカソは子供の頃から落ち着きがなく、小学校では授業中に勝手に歩きまわって叱られていたようです。

せっかちな彼にとって授業というのは退屈そのもので永遠に思えました。そんな彼を慰めてくれたのは「絵」でした。ピカソの教科書の余白には彼の書いた絵で埋め尽くされていたと言われています。

ピカソの学校では、悪いことをすると「独房」といわれるおしおきのための部屋に入れられました。

そこでは、誰もいないので自由に絵を書くことができたので、ピカソはわざとそこへ入れられるようなことをして、絵を描く時間を楽しんでいたようです。

絵を描くことは夢中になれるのに、勉強のほうはというと、これがさっぱりでした。子どものころは読み書きや計算がまったくできませんでした。

とにかく、なにか思いついてもすぐに興味が他に移ってしまうので、なかなか一つのことをやり遂げることができず、誰かと話していても話題が次から次へと変わるので相手は大変だったようです。

自己主張が強く、何事にも白黒はっきりとつけたがり、協調性とは無縁の性格でした。物忘れもひどく、すぐに忘れてしまうので、メモが手放せませんでした。

身の回りの散らかり放題、物を捨てることもできず、まさにゴミ屋敷だったといわれています。

ピカソは身の回りにある普通の人から見ればガラクタにすぎないような物を使って理解不能なオブジェを作っていました。

これは、ADHD特有の新奇探求傾向がいかんなく発揮されたためだと考えられ、その集大成がピカソのあの精錬されたデフォルメ画法であり、彼の名と数々の芸術作品を後代にまで残す結果となりました。

日本人の歴史の中にも発達障害であったと思われる名ある人々がいます。戦国時代の織田信長や江戸時代の鬼才・平賀源内、薩長同盟の坂本龍馬などがいます。

このように、発達障害のある人々はまさに磨かれていないダイヤの原石のようなもので、彼らの長所や深い関心を上手に活かすことができるならば、水を得た魚のようにその才能を開花させることができるのです。

歴史上の偉大な人物の中に発達障害の人が少なからずいたという見解には様々な意見や賛否両論があります。たしかに「その人々が発達障害だったか」は今となっては推測の域をでません。

ただ、今の世の中「発達障害だから」という理由で、「人生終了」といった思い込みや人の価値を病気で判断する見方がまだまだ根強いのは残念な事実です。

短所は長所にもなり、その逆もまたしかりです。発達障害があっても幸福な人生を送れるという希望や根拠を「歴史上の偉大な発達障害者たち」から得ることができるのです。