不安が強く、自立できていない人の思考

足あと

不安が強く、自立できていない人が陥りがちな思考パターンがあります。それは「依存的思考」というものです。

その思考の根底には「自分は無力である」という誤った思い込みと、すぐに人に頼ってしまう癖があります。

もう少し具体的にいうと「自分には現実に対処する力がないので人に頼らなければ生きていけない」、「大切なことは自分で決めるより他人に決めてもらったほうがいい」といったものがあります。

このような依存的思考を抱く人の背景を考慮すると、長年過保護な養育環境にあったり、逆に横暴な養育者に支配されるような形が存在したため、自己決定の機会を奪われたことが考えられます。過保護も支配も当人の主体性を奪うという点で同じ結果をもたらします。

本当のところはどうなのか、実際に能力の点で考えてみると、自分一人ではできないというのは思い込みに過ぎない場合がほとんどです。

実際にやってみれば自分でそれなりにできますし、何度も繰り返すことによって自己決定力や自立能力は高まるものです。現時点で満足に行えなくとも、訓練によってそれらを補うことができるのです。

様々なバリエーション

依存的思考には様々なバリエーションがあります。

その一つに、「運命論的思考」があります。これは、「どうせ自分の運命は決められているので、自分にはどうすることもできない」といったものです。

そのように考えることによって、自分が責任を引き受け、主体的に判断し行動することを放棄してしまうのです。あらかじめ決められている運命を知ろうとして占いなどに頼るのもそのような傾向の表れかもしれません。

運命論的思考に囚われている限り、十分な満足のいく生活は難しくなります。現実に目を向けるなら、自分で決意・判断し、責任を受け入れて努力していくその先にいわゆる「運命が変わる」ことが待っているといえます。

ほかの型として、「幸福幻想」と呼ばれるものもあります。これも主体的に行動することを放棄したという点で依存的思考の一つです。

どのようなものかといいますと、その「幸福幻想」という字のごとく、努力しなくてもいつか自分自身に幸福が訪れるという根拠のない思い込みです。ある日突然、目の前に白馬に乗った王子様が迎えに現れるといったところでしょうか。

いつか必ず訪れるその幸福な日のために現在何らかの努力をするわけではなく、ただずっと信じて待ち続けています。残念ながらそのような何もしなくても幸福が転がり込んでくると考えているような人の前に白馬に乗った王子様が現れることはないでしょう。

こうしたことを考えるとき、自分の陥っていた思考の癖にふと気づくことがあります。今まで無駄にした時間を惜しむ代わりに、変えられる可能性の広がった未来に目を向けたいものです。私たちはいつでも変化することができる生き物ですから、ぜひともより良い自分へ変わってゆきましょう。