100点でも0点でもなく、50点で得られる喜びを大切にする

喜びの期待値

完璧主義や善か悪かの二分法的な思考はストレスを増やし、うつ病などの心の病気のリスクを増大させてしまいます。

完璧主義の場合、すべて良い、パーフェクトな状態だと100点で満足できるわけですが、少しでもダメなところがあると、90点になるのではなく、一気に0点になってしまいます。

いつでも、なんでも完璧にしようと考えるために無理がかかります。ちょっとしたミスでもしようものなら、全部が台無しになったように感じるため、気を取り直して引き続き頑張るということが難しく、落ち込んでしまいます。

二分法的な思考パターンの場合、善か悪か、良い人か悪い人か、真実か偽りか、白か黒かといったことをはっきりさせたいという強い衝動のもと、選択肢はどちらかしか存在しません。

しかし、現実世界は中間のものばかりです。人間にしてもどんなに良い人であっても欠点はありますし、白でも黒でもない灰色のものはたくさんあるのです。

このような考え方をしてしまうと、見方が極端になってしまいます。大抵の場合、何事もほどほどが一番良いわけです。

自分自身がそのような見方をしていると、それが期待値となって目の前にある事柄に反映されます。

50点で得られる喜び

完璧主義や二分法的思考を持っていると、いつも目の前の事柄に100点を求めてしまいます。

ほどほどに良いところに着地するためには、100点でも0点でもなく、50点くらいを目標にしたいものです。そして、その50点で得られるものに喜びを見出し、満足することができれば、生活は大きく変化します。

では、どうすれば50点で満足できるようになるのでしょうか。一言でいえば、期待値を下げることです。

人間というのは、自分が望む期待値と現実のギャップの分だけフラストレーションを感じる生き物です。

知らず知らずのうちに持っている期待値が高ければ高いほど、現実を前にした時、そのギャップで感じる落胆やストレスも大きくなってしまうというわけです。

生まれた時に持っていなかったそれらの期待値は今まで生きてきた人生の中のどこかで身についたものです。

50点でよしとする

実際に完璧主義だとうつ病や心の病気を発症しやすい傾向が強いようです。100点をいつも目指して期待しているだけに、かなりいい結果といえる90点であっても喜べず、不満足です。

同様に、いつも人から愛されたい、認められたいという承認欲求が強い人は、求めているものが得られた場合は満足できるのですが、ささいな非難を受けた場合、すぐに強い不安にとらわれてしまいます。

この場合でも100点ではなく、50点でよしとすることには多くの利点があり、現実的です。

「いつもみんなから評価されることを期待する」というパターンから、「自分を評価してくれる人もいれば、そうでない人もいて当然」という思考パターンへ変化させることができます。

現実をみると、優れた人には敵も多いものです。非難や中傷もあります。そのような風当たりは、大きな存在感の裏返しなのです。

自分自身や他人に、100%を求めると足りないところが目について嫌になるものですが、50%でよしとすることができれば、満足することができ、より幸せです。