統合失調症 周囲が行なう妄想への対処

一緒に感じる

頭ごなしに妄想を全否定

現実では存在しない統合失調症の患者の心、もしくは頭の中だけの世界である「妄想」。家族をはじめ、周囲の人はどのように接することができるのでしょうか。

きまじめな人ほど、統合失調症患者の語る妄想に対して聞き流すことができず、「また始まった、何度言ったらわかるのか」「そんな馬鹿げたことをどうして言うのか」などと、頭ごなしに否定してしまいます。

統合失調症患者の語る妄想をむやみに否定したり、非難したりすることはベストな対応なのでしょうか。よく観察されるのは、そのような対応をされた統合失調症患者はますます頑固に自らの妄想にしがみつこうとし、両者の対立がさらに深まるという現実です。

では、妄想が彼らにとってどんな意味を持つのか相手の立場になって考えてみましょう。

患者にとっての生きる希望や支え

妄想はたいてい非現実的で、時に執拗に訴えてくることがあり、それが数年~十年以上という期間にわたって続く場合もあります。

被害的な内容の妄想もあれば、誇大妄想の場合もあり、内容は十人十色です。

彼らにとってそのような妄想は、ある部分では自らの生きる希望や支えになっています。現実世界が生きづらい所であればあるほど、自分の偉大さを示す妄想にしがみつくことによって精神バランスをなんとか保っているとも言えるのです。

妄想は、現実世界では満たされない何かの代わりであって、それは貶められた自己の尊厳を守る最後の砦ともいうべきものです。ですから彼らは必死になってそれらに固執し、どんなに否定されようともそれを守ろうとします。

被害的な妄想を多く語る場合、本人には安心感が欠けており、現状に不安や苦しさを感じています。そのような心の奥底にあるものが被害的な妄想となって現れているので、生活の快適さを増やしたり、楽しいと感じる出来事をもっと多く体験したりすることが役立ちます。

妄想が薬物療法で消滅したとき

注意したい点があります。統合失調症の治療過程で薬物療法が功を奏した時、それまで抱いていた妄想が消滅することがあります。症状が良くなったと一見喜ばしいことのように見えるかもしれません。

しかし、妄想が消滅するということは、その人を支えていた希望や支えが消滅することを意味します。薬物療法によって自ら抱いていた妄想が消えかかっていた時、ある女性は次のように語っています。

「それが妄想で現実でないと思うと、とても寂しくて心細い。本当ではないとわかっていても、そっちのほうがいい」

誰でもそうですが、自分の希望や支えを失うのは痛手となり得ます。統合失調症の人への薬物療法が功を奏して妄想が消滅することは、ある意味では薬によって持っていた希望を奪ってしまった形になっているのです。

その時点で代わりとなるような希望や楽しみを持つことができれば問題ないのですが、そうでない場合、支えとなるものを失った喪失感から自ら命を断ってしまうこともあるので細心の注意が必要なのです。

否定がよくない理由

統合失調症患者にとって、自らの語らう妄想が生きる希望や支えになっていると考えるとき、それを全否定することが何を意味するか考えなければなりません。

それはある意味で神を信じている人に、現実には神などいないと言っているようなものです。

妄想を抱く統合失調症の人にとって、自分の拠りどころとしているものを否定されることで、ますます自分の価値が低められたと感じ、それを埋め合わせるためにさらに妄想をエスカレートさせます。

妄想をいつも否定してくる人がいれば、その人を「敵・迫害者」とみなして、次第に妄想の中に組み込まれていく場合もあります。

ですから周囲の人は、統合失調症の人がどうしてその妄想にこだわるのか、背後にある気持ちや理由を汲み取ろうとする姿勢が重要です。本人はその考えを通して何を伝えようとしているのか、どういう思いを味わっているのか、推し量る態度が求められているのです。

ことに表情が固く、調子が悪そうなときには否定的な言い方や頭ごなしの非難は極力避けるべきです。静かに話を聴き、患者の話が事実かどうかは一度忘れて、心理的事実を肯定してあげることが大切です。