回避性愛着障害 失敗に対する恐れ

失敗に対する恐れ

回避性愛着障害の人は失敗を過度に恐れる傾向があります。失敗した時に受ける精神的・心理的なダメージを恐れています。

ですから、目的に向かって邁進することにも消極的で、途中で困難や障害にでも出くわそうものなら、さっさと諦めてしまいます。

通常ならもう少し踏みとどまって健闘したいところですが、そうしたところでの粘り強さがありません。

失敗するということは、ダメな自分を認めなければならないということを意味します。そうでなくとも、もともと自信がないので、さらに確信に迫るようなダメージを受けることは避けたがります。

本当なら、能力があって、達成可能な目標に対しても、失敗に対する恐れを少しでも感じるとチャレンジすることすら避けようとします。そして、実力以下の選択肢に甘んじてしまうのです。そうした選択肢は、安全ですが、退屈なものです。周囲からみれば意気地なしと思われることもあります。

中には「自分は何をやってもうまくできない」という強い思い込みにとらわれている場合もあります。そのような人は、否定的な認知の歪みに陥っている事が多く、たとえ成功体験をしたとしても、その中のダメな部分にだけ注目し、やっぱり失敗だったと結論付けてしまいます。

基本的に見方が消極的で、何事に対してもマイナス思考寄りです。

親の基準を押し付けられて育った

こうした全体的に否定的な考え方は、大抵の場合、親からの養育過程で刷り込まれたものが多くあります。実際にこの手のタイプの人に伺ってみると、口をそろえて「親からあまり褒められた記憶がない」と言います。

このタイプの人の親は、半ば強制的に自分の基準を我が子に当てはめ、できていないところばかりをあら探しし、指導や注意をしてきたというケースが多くあります。

親の意向に沿うよう型にはめ込まれるように、かつ、できていないところを注意されるような減点法で育てられると、子供はどうなるのでしょうか。

そのような育成を受けて育った子供は、主体的で積極的な行動を起こす能力が未発達なままです。そのような機会すらほとんど与えれなかったので、無理もありません。そして、大人になってからも親から受けた採点方法のまま行動します。

言われたことを、できるだけミスしないように、忠実に果たす方法が一番安全だという強い思いに知らないうちに縛られてしまいます。良かれと思って、余計なことをすれば、また失敗したり、注意される機会が増えるだけです。

そのように育てられたゆえに、彼らにとって、失敗は恐るべき、とても「悪い」ことなのです。