回避性パーソナリティ障害 原因

操り人形

回避性パーソナリティ障害になる原因としてどんなことが考えられるでしょうか。ここではその幾つかを考慮してみたいと思います。

低評価を受けた

考えられる原因のひとつは親から低評価を受けて育った場合です。

たとえば、親が完璧主義でいつも100点を期待されてきたことです。100点とって当たり前、98点ではダメなのです。失敗や弱音は許されません。その基準に到達できないと落第点です。

「どうせやっても無駄」、「やっぱり自分には無理」、このような考え方がいつしか身につき、チャレンジすることへの恐怖を植え付けてしまいます。

他の例として、比較による低評価があります。これは優秀な兄弟、姉妹と比較されて育った場合に見られます。優秀な兄に比べ、出来の悪い弟などとずっと親や周囲から言われて育ってきました。

優秀なほうの兄弟は可愛がられますが、出来の悪いほうの兄弟はあまり褒められた記憶がありません。無意識、意識的に低く評価されてきた結果、自信のなさや自尊心の低さが身についたと思われます。

子供だった本人にはどうしようもなかった環境ゆえに、不安や苦痛を抱えながら生きてゆくことになりました。

苦痛となる経験

人間は基本的に嫌なことは避けたいものです。いじめや嫌がらせ、逃げ場のない重圧にさらされ続けるなどの経験は本人に苦痛をもたらします。

私たちにはある程度の忍耐力があるので、当初は耐えているかもしれませんが、何度もダメージを受けるうちについに限界がやってくるわけです。一度そのような経験をすると、また同じような経験をするのを避けようとします。

脳の中で人間恐怖の構造ができあがり、自然の欲求として他人を求めるかもしれませんが、他人への恐怖や不信が勝ってしまいます。このようにして回避のパターンができあがります。

親の操り人形

親が自分の子供に夢を持つことがあるかもしれませんが、子供の意思を度外視して、思うがままに育てようとする場合があります。ときには自分の果たせなかった夢を子どもという分身を用いて果たそうとするかもしれません。

子供は親の期待に答えるべく自分の意志に背を向けたまま頑張り続けます。失敗してはいけないというプレッシャーがつきまといます。

子供が親に批判、否認、拒絶されることは恐ろしいことです。自身の願いに沿って積極的に行動するという能力は十分に開花しないまま大きくなりました。

小さい頃から親の望むことばかりをやらされてきた人は、それがアレルギーのように拒否反応となっているかもしれません。もうあんなことはたくさんだという思いが染み付いているかもしれません。

それまで無理やり頑張らされてきたことの反動がきて、無気力になっています。このような体験はシゾイドパーソナリティ障害へ発展することもあります。何らかの要因によって分かれ道があるようです。

どちらにしても、回避性パーソナリティ障害の人の背景には本人の主体性があまり尊重されないまま育ったケースが多くみられます。