統合失調症 回復の見込みを捨てずに接する

頭の中は考えがいっぱい

統合失調症の人の幸福

私たち人間には自分の考えを他の人に話し、他の人の話を聞いて理解するという類まれな能力が与えられています。

優れた能力がある中で、これをいつも上手に使いこなせるかというと、必ずしもそうではありません。自分の考えがうまく伝わらなかったり、相手の言っていることが理解できなかったりすることはよくあることです。

ことに統合失調症に人の頭のなかは理解しにくいと感じることでしょう。そこには健康な人ならば存在しないはずの幻覚や妄想が存在しているからです。

そのような人を前にした時、単に「正気を失った病気の人」とみなして接するか、広い心を持って本人の状態を受け入れて接するかは統合失調症の人の幸福を大きく左右することになります。

医学の進んだ先進国は統合失調症が苦手?

先進国と発展途上国の統合失調症を比較してみると、医学の進んだ先進国のほうが統合失調症患者の比率が高く、病気の予後も悪いという皮肉な報告がされています。

なぜ医学が進んだ先進国のほうが統合失調症に対して上手に対処できないのでしょうか。

統合失調症につきものの幻覚や妄想が観察される場合、先進国が主流とする西洋精神医学では、それは精神病を疑う「症状」とみなされます。

しかし、発展途上国の部族社会などでは、幻聴や幻覚がある人は精神病どころか、「霊感」が備わった特別な人として尊敬されたりします。

同じ統合失調症の幻覚であっても、先進国では病気の烙印を押される要素とされ、その人への総合評価が下がるのに対し、発展途上国の社会においては、本人の総合評価が上がる要素となっているわけです。

これだけを取り上げて先進国と発展途上国の統合失調症の数の差の理由とするわけにはいきませんが、病気を抱える本人への接し方や周囲の見方が何らかの影響を与えているのではないかと考えられます。

また、スイスのライナウ精神病院において、統合失調症などの精神病に悲観的な見方をしていたエミール・クレペリンが赴任した当時の回復率が12%だったのに対し、病気の予後について楽観的だったオイゲン・ブロイラーが赴任したときは60%に跳ね上がったこの数字からも病気や患者に対する味方が影響を与えると思われます。

回復の見込みを捨てずに関わるかそうしないかは患者の幸福に強く関係しているのです